
キヤノンの子会社であるCanon Optronが、レンズコーティング技術における大きな転換点となりうる、フッ素フリーの新素材「Dev-02-003」(仮称)を開発していると報じられています。長年カメラレンズの撥水・防汚性能を支えてきたフッ素コーティングは、環境への影響が指摘されるPFAS(有機フッ素化合物)に分類され、世界中で規制や禁止の動きが進んでおり、カメラメーカーにとって喫緊の課題となっていました。
キヤノンは1960年代後半に人工フローライト結晶の量産化を成功させ、レンズの色収差補正に革新をもたらすなど、光学技術の分野で常に業界を牽引してきました。今回のフッ素フリーコーティングの開発も、その技術的リーダーシップを発揮する新たな一歩となる可能性があります。
特に、新しいDev-02-003は、これまでのフッ素フリーコーティングが抱えていた耐久性の課題を大幅に改善している点が注目されます。この技術が実用化されれば、環境負荷の低減と、ユーザーが求める高性能・高耐久性を両立する次世代レンズの登場が期待されます。
この記事のポイント
- レンズの撥水・防汚コーティングに用いられるフッ素が、環境負荷の高いPFASとして規制対象となる動きが世界中で進行しています。
- Canon Optronは、このフッ素に代わる100%フッ素フリーの新コーティング「Dev-02-003」(仮称)を開発しています。
- 新開発のDev-02-003は、従来のフッ素フリーコーティングと比較して耐久性が大幅に向上しており、10,000回の摩擦試験後もほぼ100%の性能維持率を示しています。
- この新コーティングは、Lレンズや超望遠単焦点レンズといったハイエンドモデルから先行して導入される可能性が高いと見られています。
- キヤノンが再び光学技術の分野で業界標準を確立し、環境に配慮した製品開発をリードすることが期待されます。
レンズコーティングのフッ素フリー化の背景
カメラレンズの前面に施されるコーティングは、水滴や指紋を防ぎ、清掃を容易にする役割を担っています。これまで業界標準として広く用いられてきたフッ素(Fluorine)は、その優れた撥水・防汚性能によりレンズの保護に貢献してきました。
しかし、フッ素は現在、PFAS(”forever chemical”、永遠の化学物質)と呼ばれる有機フッ素化合物の一種と見なされています。PFASは環境中に残留しやすく、生物への長期的な影響が懸念されており、世界各国の政府がその規制や全面的な禁止に向けて動き出しています。
Canon Optronとフローライト技術
Canon Optronは、キヤノンの子会社として50年以上にわたりフローライトなどの光学結晶技術を牽引してきた企業です。フローライト(Fluorite)は、蛍石(CaF₂)の結晶形態であり、通常のガラスでは補正が難しい色収差を大幅に低減する独自の光学特性を持っています。
色収差は、光の波長によって焦点位置が異なることで発生する色のにじみ現象ですが、フローライトをレンズエレメントに組み合わせることで、これをほぼゼロに抑え、非常にシャープで色再現性の高い画像を実現します。天然のフローライト結晶はカメラレンズに利用するには小さすぎるため、キヤノンは独自のプロセスで大型で高純度の人工フローライト結晶の生成に成功しました。
この技術革新により、キヤノンは1969年に世界初の民生用フローライトレンズである FL-F 300mm f/5.6 を発表し、写真レンズにおけるフローライトの使用を確立しました。
カメラメーカーが直面する課題
フッ素に関する法規制が世界的に導入されれば、レンズメーカーはフッ素コーティングを使用した製品の製造や販売が困難になる可能性があります。この流れは避けられないものと見られており、各メーカーは環境規制に対応するための代替技術への適応が求められています。
キヤノンの新たな回答:フッ素フリーコーティング「Dev-02-003」
Canon Optronは、フッ素に代わる完全にフッ素フリーの新しいコーティング技術を開発しており、現在のところ「Dev-02-003」(仮称)という名称で知られています。フッ素フリーコーティング自体は新しいものではなく、キヤノンもすでに「OR-510」という製品を販売しています。
しかし、これまでのフッ素フリーコーティングには大きな弱点がありました。それは、耐久性が低く、性能が早く劣化してしまう点です。例えば、従来のOR-510は10,000回の摩擦試験後、撥水性能の約23%しか維持できませんでした。これは、消費者にとってカメラレンズに求められる耐久性とはかけ離れたものでした。
それに対し、Dev-02-003は同じ10,000回の摩擦試験後も、その効果をほぼ100%維持することが確認されています。また、アルコールに対しても非常に高い耐性を示すことも判明しており、キヤノンはフッ素に代わる最も大きな課題である耐久性の問題を解決したと見られています。
将来のレンズへの展望
もしDev-02-003がキヤノンの次世代コーティングとして採用されれば、まず最初に過酷な環境下での使用を想定したLレンズ、特に新しい超望遠単焦点レンズに導入される可能性が高いと報じられています。これらの高額なレンズは大量生産されるわけではないため、新しいコーティング技術を導入し、実績を積むのに適した製品群と考えられます。
キヤノンは1960年代後半の人工フローライト結晶の量産化から、2010年の保護フッ素コーティングの業界標準化に至るまで、写真技術における新素材や技術の開拓において長い歴史を持っています。もしキヤノンがフッ素と同等かそれ以上の耐久性を持つ代替ソリューションを確立できれば、再び業界標準となる技術を生み出すことになります。この新しいレンズコーティングは、一般の消費者にとってすぐに意識されることではないかもしれませんが、環境と生物の未来の健康にとって非常に大きな意味を持つでしょう。キヤノンが掲げるグリーンイニシアティブをリードする重要な一歩となると考えられます。
Dev-02-003 技術情報
「Dev-02-003」(仮称)は、以下の特徴を持つ100%フッ素フリーの撥水・防汚コーティングとして開発が進められています。
- 優れた初期性能
- 従来製品の4倍以上という大幅な耐久性向上
- PFAS規制に準拠する設計
Dev-02-003は、フッ素と同等の性能を維持しながら、耐摩耗性、撥水性、防汚性、水流れ性能を備えています。
Dev-02-003と従来品の性能比較
10,000回の摩擦試験後の性能維持率において、Dev-02-003は100%を維持するのに対し、従来のOR-510は23%でした。また、エタノールによる100回拭き取り後の接触角も高い水準を維持し、優れた溶剤耐性も示しています。
成膜プロセスは真空蒸着法を採用しており、レンズ基板にSiO₂を下地層として成膜した後、Dev-02-003を連続的に成膜します。このプロセスは常温で行われ、室温での硬化期間を経て完成します。
Canon Optron 会社概要
Canon Optron, Inc. は、キヤノン株式会社が100%出資する子会社です。光学結晶および真空蒸着材料の開発、生産、販売を手掛けています。また、光学素子用の塗料や接着剤の販売も行っています。
本社は茨城県結城市に位置し、1974年に設立されました。1966年にキヤノン株式会社の取手工場でフローライトの開発に着手して以来、光学材料の分野で長年にわたり貢献しています。
編集部コメント
今回のCanon Optronによるフッ素フリーコーティング「Dev-02-003」(仮称)の開発は、カメラ・映像機材業界にとって非常に重要なニュースです。世界的な環境規制の強化が進む中で、フッ素を使用しない代替技術の確立は避けられない課題となっていました。キヤノンがこの分野で先駆的な役割を果たすことは、同社の技術力の高さを示すと同時に、環境問題への積極的な姿勢を裏付けるものです。
特に注目すべきは、Dev-02-003が従来のフッ素フリーコーティングが抱えていた耐久性の問題を大幅に改善している点です。撥水・防汚性能だけでなく、過酷な使用環境に耐えうる堅牢性は、プロフェッショナルユーザーにとっても大きなメリットとなるでしょう。Lレンズや超望遠レンズといったフラッグシップモデルからの導入が期待されており、その性能が実証されれば、将来的にはより幅広い製品への展開も視野に入ると考えられます。この新技術が、環境とユーザーの双方にメリットをもたらす次世代のレンズコーティングの標準となるか、今後の動向に注目していきたいです。
本記事は海外メディアで公開された情報を参考に、日本向けに内容を整理・要約しています。
参考記事:Canon Is Preparing to Replace Its Most Famous Lens Technology
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